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フランスの絵本事情

読書好きが多いフランスでは、子どものころからどのように本に親しんでいるのでしょうか。家庭や学校での読み聞かせの方法や、書店での人気の絵本を探ってみました。

おやすみ前の読み聞かせ

 赤ちゃんが生まれた時から添い寝はもちろんのこと、親と同じ部屋に寝かせる習慣はなく、子ども部屋に決まった時間に寝かしつけるのが、フランスの育児の基本です。そのためフランスでは、毎晩子どもが寝る前にベッドに親が腰かけて本を読み、頬におやすみのキスをして電気を消す、という習慣が定着しています。
 また、フランスと言えば、高校卒業資格バカロレアの試験に、「哲学」が必須科目であることでも知られます。論理的にものを考え、考えたことを言葉として表現することのできる大人になるための教育は、幼少期からスタートしています。ただ理詰めなだけではなく、ユーモアのある気の利いた表現ができることは、男女を問わずに望まれる資質です。そんな、フランス的なエスプリ溢れる人を育む第一歩が、ベッドサイドの読み聞かせに選ばれる絵本に委ねられているようです。

小学生と本の出会い

フランスの子どもたちはどのように本に親しんで育っているのかを、まず、小学校の先生に聞いてみました。カミーユ・アルコヴェールさんは、自らも子育て中の、パリ郊外の公立小学校で2年生のクラスをもつ教師です。
 「公立小学校には様々な家庭の子どもがいますが、幼い頃から家でたくさんの本を読んでもらっていた生徒は、すぐにわかります。ボキャブラリーが豊かで理解力に優れ、学年が上がっていっても、フランス語だけでなく、算数の文章題などにも強いからです。私のクラスでは、毎日給食の後、15分間読み聞かせをしています。その日の章を読む前に、生徒たちを挙手させて前日までのまとめをさせ、それから、心を込め、声色を変えて、楽しく読んでいきます。
 またフランスの児童文学の定番『プチ・ニコラ』も読み聞かせに使いますが、こちらは、現代の生活様式とは違うことが数多く散りばめられていて、例えば”薪を炊く”と言われても今の子ども達は意味がわからないなど、説明することがたくさんあります。小学校2年生なら十分自分でも読めそうな内容ですが、教室で、必要なことは教師がすぐ説明できるからこそ理解できる、という意味で、やはり読み聞かせ向きです。
 幼少時代に読み聞かせるのにぴったりなフランスらしい絵本では、クロード・ボンティの作品がお勧めです。言葉遊びが多いのですが、だからこそ、例えば親と一緒に、一枚ずつ絵を見ながらお話を追い、絵と文章がちょっとずつずれたような独特の可笑しさの溢れた世界に夢中になることで、ユーモアの感覚が培われると思います。」

フランスには、幼い頃から韻を踏んだ詩のリズムに親しませる独特の文学教育などがあります。

本屋さんに聞く、人気の子どもの本

 では、今のフランスでは、どんな子どもの本が人気なのでしょうか。パリを代表する児童書専門書店「シャントリーヴル」店長のアレクサンドラ・フラスクさんに伺いました。フランスの子どもなら誰もが親しんで育つ、児童書専門出版社「エコール・デ・ロワジール」が、サンジェルマン・デ・プレ界隈に1974年にオープンした書店です。広々とした店内の書籍の7割が児童書で、特に、店の奥の絵本コーナーの充実度は、ヨーロッパ随一を言われています。
 「10年ほど前、もう紙の本は売れなくなりデジタルだけになる、本屋も廃業だ、とあちこちで言われましたが、そのころから、本のモノとしての美しさが追求されるようになりました。絵本の世界でも、それまでよりも、絵の質、カバー、紙、印刷、発色などすべてがレベルアップしました。結局、デジタルに押されて廃れるどころか、この数年、絵本の世界は豊作で、完成度の高い新作が数多く出ていると思います。
 とは言ってもビジュアルだけがよい本は飽きが来るので、ベストセラーになるのは、物語も面白く、子どもが何度もせがむ本です。子どもは、繰り返し同じ話を聞き、読んでもらいながら絵で話を追い、その後自分一人で絵だけでも深く入り込んでいける本が好きです。読み聞かせは、大人と子どもとの大切な時間の共有であり、デジタル化はできないし、廃れません。繰り返し何度も読んでもらうことで、子どもは、言葉を覚え、物がたちの構成を把握し、読解力を深め、読書の喜びを知っていくのです。
 世代を超えて愛される絵本の共通点は、新しい絵本のクオリティに負けない絵の力があることです。代表的なのは、いまむらかずおの『14ひき』シリーズの、細かく美しい絵。大人になって、自分の子どもを連れて店に来て、これらの本を手にとると、幼い頃の楽しい思い出が蘇える、という人が数多くいます。子ども時代に親しんだ絵本を、親として自分の子どもと楽しむというのは、幸せなことです。そんな本選びを手伝えるのは、書店員の喜びです。」

Chantelivre(シャントリーヴル)
住所:13 Rue de Sèvres 75006 Paris
電話:+33(0)1 45 48 87 90
https://www.chantelivre-paris.com

James et la pêche géante

「James et la pêche géante」
Roald Dahl 作
小学校2年生のクラスでの、昼食の時間のあとの読み聞かせに使っているロアルド・ダールの本。子ども達にいつでも好評。
日本語版のタイトルは「おばけ桃の冒険」。

Le Petit Nicolas

「Le Petit Nicolas」
Sempé et Goscinny 作
フランスの児童文学の定番中の定番「プチニコラ」。こちらも、小学校2年生のクラスで読み聞かせに使う。時代背景などを説明する必要があるので、教室で教師が読んでこそ今の子ども達に面白さが伝わる。

Ma vallée

「Ma vallée」
Claude Ponti 作
フランス人のユーモア感覚を育ててきた絵本作家、クロード・ポンティの代表作の一つ。言葉遊び。ファンタジーに満ちたイラストで、何世代ものフランス人に愛されている。

Le petit déjeuner de la famille souris

「Le petit déjeuner de la famille souris」
Kazuo Imamura 作
日本の絵本の中でも、フランスの子ども達に長年愛され続けている代表的な、いまむらかずおの「14ひき」シリーズ。自然の描写の美しさと細やかさ、何度見ても飽きない絵のディテールの面白さ、家族の暮らしの親しみやすさなどが人気の秘密。

Une nuit au jardin

「Une nuit au jardin」
Anne Crausaz 作
夜の庭で起こることを、緻密でグラフィックな絵で描いた、大型絵本。誰でも絵の美しさに引き込まれ、印刷や紙の質も良い、現在のトレンドを代表するような本。

Des trucs comme ci des trucs comme ça

「Des trucs comme ci des trucs comme çan」
Bernadette Gervais 作
フランスの子ども達が昔から親しんできた、「イマジエ」と呼ばれる、ものの名前と絵を並べた絵本を、新しい感覚で作り直した、大判本。厚地の手触りの良い紙、大きく印象的な絵。そして、今までになかったようなような斬新な構成。

Les toutous à Paris

「Les toutous à Paris」
Dorothée de Monfreid 作
パリの名所あちこちを舞台にした、犬たちが主人公の楽しい絵本。漫画のように、吹き出しにセリフが書き込まれた絵本というスタイルも、近年のトレンドで、それを代表する本。

text 大島泉

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