絵本=「子どもの本」というのはちょっともったいない
僕は本の形がすごく好きです。多分、研究者だった親父の部屋に本が積んであって、夜になるとタイプライターの音がしていて、なんとなくかっこよくて、そういう世界に憧れがあるのだと思います。
閉じられた本は真面目な感じだけど、開いた途端に自由な世界が広がる、それが面白い。僕はコロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスが大好きですが、彼の小説も、置いておけば静かだけど、読み始めると「どうなってんだ、この世界は」って思うくらい可能性が広がる。
本の良いところは、個人が書いて個人が読むという関係です。テレビとは違って、自分のペースで読めるし、わからなくなったら3ページ戻るとか自由にできる。その感覚は貴重だと思います。本は昔からあるけど、形は今とほとんど変わってない。こんなに安定していて変わらない商品も珍しい。やっぱり長い歴史に勝ち抜いた理想的なメディアだから安心できます。
僕が絵本を描いているのは、言葉と絵が絡んで何ページか展開していく、この表現が好きだから。描き始めた頃から子ども向けだとはあまり意識してなくて、むしろ子どもも読める本という感じで描いています。
絵本は絵と文章で構成しているけれど、絵を説明する文章はいりません。どうしても絵では描ききれないものを文章にする。文章と絵のスリリングな関係があるから、そのカツカツのところを探るのが楽しいのです。
絵本が「子どもの本」というのはちょっともったいない。絵本を読むのが好きな子どもも大人もいて、僕は彼らに向けて描いています。ただ、中でも子どもは本気で読んでくれる、一番すごい読者だと思う。彼らに次のページをめくらせてやろう、最後まで読んだら頭からもう1回読み返したくなるような構造を持たせようと思って描いています。
それでも、「子どもはみんな絵本を読まなきゃいけない」とは思いません。いまの初等教育は、あまねく子どもは昆虫や絵本が好きだっていう前提でやってるけど、これはおかしい。極論すれば子どもの時期は勉強している場合じゃない。体を鍛えて、心も鍛えて、人としてのキャパシティーを広げる時期。外に行って遊びなさいっていうのが本当だと思う。そのあとに疑問が出てきたら必然的に学習します。
僕も子どもの頃は全然本を読む気がなかったけど、中学くらいで急に本を読むのが面白くなって、いろいろ読み始めました。ただ、いまだになにか一本筋が通っているわけじゃありませんけれども(笑)。
1945年東京都調布市生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒。工芸デザイン、グラフィックデザインを経て、絵本を中心とした創作活動に入る。『みんなうんち』『きんぎょがにげた』(いずれも福音館書店)、『らくがき絵本』(ブロンズ新社)など400冊を超える作品を発表。海外でも15カ国以上で翻訳・出版されている。サンケイ児童出版文化賞、ボローニャ国際絵本原画賞、路傍の石文学書など受賞多数。

絵本作家五味太郎