大人も楽しめる 美しい絵本の世界
絵本評論家の広松さんに、子どもも大人も楽しめる、
美しい絵本の魅力について伺いました。
「絵本は子どものもの」そう考えている方もいるかもしれません。でも絵本って、大人も楽しめるもの。短くてやさしい言葉と美しい絵、少ないページで構成されているから、身構えなくてもいい。たとえば一日の終わり、心身が疲れているとき、絵本を開いてみたらどうでしょう。ひとときでも美しい世界に浸って、心からくつろぐことができます。好きな場所で、好きな時間に気軽に楽しめてリラックスできる、そして時には深い哲学に目を覚まされる、こんな媒体はなかなかないと思います。
絵本選びも、「子どものため」と思うと、教育とかしつけとか「こうあらねば」というフィルターがかかってしまうかもしれません。でも、自分も楽しむためと考えれば、もっと自由に、感じるままに好みの一冊が選べるのではないでしょうか。
今回紹介するのは、絵やお話、装丁まで、すみずみまで慈しまれて、愛情をもって作られた絵本7冊。ぜひ自分のために、そして親子でも楽しんでいただきたいですね。


まど・みちお 詩
あずみ虫 絵
理論社 2,090円(税込)
この世のすべての存在を「よかったなあ」と愛おしくかんじることができる
目の覚めるような美しい緑の葉っぱや木、花、動物。すべてのものに対して、ありのままの存在に「よかったなあ」という言葉を投げかける詩人・まど・みちおさんの詩と、イラストレーター・あずみ虫さんによる、アルミの金属板を用いた独特の表現技法による愛おしい自然の絵が見事に共鳴。ページをめくるたびに「よかったなあ」という幸せに満ちた思いが、ストンと落ちてくる感覚を味わえます。


子どもたちを鳥にかえたひと
デイヴィッド・アーモンド 作
ローラー・カーリン 絵
広松由希子 訳
BL出版 1,870円(税込)

淡い色の美しいイラストとともに、自由に飛び立つ心地よさを体感できる
ある日、街に初老の女性ナンティー・ソロがやってきて、子どもたちを鳥に変えられると言う。はじめは怯え、警戒していた大人たちも、いつしか空へ。国際アンデルセン賞受賞のデイヴィッド・アーモンドと、ブラチスラバ世界絵本原画展グランプリのローラ・カーリンによる、美しくも不思議な話。空へと自由に飛び立つ解放感を心地よく感じるか、「そんなのとんでもない」「恐ろしい」と感じるか。大人の価値観が試されるかもしれません。

きくちちき 作
ミシマ社
2,750円(税込)

一面の銀世界で奔放に遊ぶ猫のゆきちゃんの姿に
心がほっこりと温かくなる
ある雪の日。猫の「ゆきちゃん」は森の動物たちに、自分の名前の由来をたずねてまわりますが…。北海道出身のきくちちきさんが描く一面の銀世界は、特殊な銀のインクを使い、柔らかな手描きの墨絵のようなタッチ。雪まみれで遊ぶ猫のゆきちゃんや動物の友達の生き生きと奔放な動きをみていると、かつて雪の日にはしゃいだ気持ちを思い出し、気持ちがウキウキと高揚してくることでしょう。


三浦太郎 作
偕成社
1,870円(税込)



道具の図鑑としても、スタイリッシュなアート作品としても楽しめる
「このどうぐ、つかうのはだれ?」という問いかけに対して、ページをめくるとさまざまな職業の人の働く姿が登場。日本では『くっついた』等の赤ちゃん向け絵本で知られる三浦太郎さんが20年前、日本デビュー前にヨーロッパで出版した絵本の初邦訳版。おなじみの画風とはひと味違う、20世紀前半のロシア・アヴァンギャルドにも通じる画風で、スタイリッシュなアート作品としても楽しめます。

ザ・キャビンカンパニー 作
小学館
1,870円(税込)

夕焼けの優しさ、美しさを感じられる。心が疲れた大人にも
ユニークかつ斬新な作品を次々送り出してきた注目の絵本作家ザ・キャビンカンパニー。コロナ渦を経て、人の気持ちに寄り添う作品をと考え、生み出したのがこの絵本。夕焼けは誰のところにもやってきて、何ともなく寄り添ってくれる。そして寄り添った人の喜びも、心の痛みもすっと溶かしていく。そんなシーンがどこかノスタルジックな絵とともに静かに描かれ、ちょっぴりセンチメンタルで優しい絵本の世界にどっぷり浸ることができます。

On the Move
ロマナ・ロマニーシン、
アンドリー・レシヴ作
広松由希子 訳
ブロンズ新社
2,420円(税込)

ウクライナの作家による、万物の移動を鮮やかなビジュアルで描いた絵本
「旅はいつ、どうやって始まったの?」「地図もコンパスもない動物たちはどうやって移動するの?」。あらゆる旅を、あらゆる角度から描いた壮大なスケールのビジュアルブック。国境がテーマのページでは、3カ国が交じり合う国境地点、アメリカとカナダの国境が引いてある建物が紹介される等、知り、考え、感性が刺激される要素がぎっしり。色、書体、絵、すみずみまでこだわり抜いたデザインの力と膨大な知識は圧巻です。


ギータ・ヴォルフ 文
ワイエダ兄弟 絵
青木恵都 訳
タムラ堂
4,400円
たねの無限の可能性を、インド・先住民族のワルリ画と4つの仕掛けで表現する画期的な絵本
たねが持つ未来への可能性を、「たねとは何か」「たねの旅」「たねと女性」「たねと宇宙」の4つのテーマで追求。ポップアップや折りたたみ形式など、各テーマにぴったりの仕掛けで表現している点は画期的。インド先住民族の画家が伝統的なワルリ画を現代的なアートに昇華させた、緻密で美しい絵、シルクスクリーン印刷によるハンドメイドの素朴な味わいやインクの匂いなど、五感で楽しめる絵本です。
絵本評論家 広松由希子(ひろまつ ゆきこ)
編集者、ちひろ美術館学芸部長などを経て、現在フリーランスで絵本の文、評論、翻訳、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
ボローニャ展やBIBなどの国際審査員を歴任。著作に「日本の絵本100年100人100冊」(玉川大学出版部)他多数。朝日新聞「子どもの本棚」などで新刊絵本の選評を連載中。
